誕生日の約束番外編「メイドさんの約束」

二日目(1)

 カオフマン家当主である旦那様、つまりジル坊ちゃまのお父様は、とてもお優しい方でいらっしゃいます。この家の使用人なら皆それに異議は唱えないでしょう。ただ、貴族として他に長所はというと……少し、悩んでしまうのも確かです。
「坊ちゃま、旦那様がお呼びですよ」
 本を読んでいたジル坊ちゃまに声をかけると、坊ちゃまの眉間に皺が寄りました。決して旦那様を嫌っているからではありません。多分、親子仲は良いはずです。
「誰が告げ口したんですか」
「私は何も申し上げておりませんが」
 ジル坊ちゃまが分かりやすく不機嫌になるのはなかなか珍しいことです。逆に考えれば、父親にしか見せない表情ということになるのでしょうか。
「フィアスの可愛さを語り合いでもしたのではないでしょうね」
「そんな、めっそうもありません」
 一方的に語っただけなので語り合った内には入らないはずです。旦那様と語り合いだなんてそんな、恐れ多い。
「分かりました。行きますよ」
 一つ溜め息を吐くと、読んでいた本にしおりを挟んで坊ちゃまは立ち上がりました。嫌そうな顔をしているのは見ていないことにしておきましょう。
「じゃあディーナ、これを片付けておいてください」
 そう言って坊ちゃまが手を置いた本は、数も数えたくないような山になっています。これを一人で片付けろとおっしゃいますか。このか弱いメイドに。
「僕が精神的に疲れる分、あなたも疲れてくださいね」
 完全にバレてました。どうせいつかは知れることなのに、少し意地が悪くはないでしょうか。けれどここで何も言い返せないのが悲しい立場の差というものです。嫌だという素振りすら見せずに礼をします。
「……かしこまりました」
 後で執事のキーンに手伝ってもらうことにしましょう。