誕生日の約束番外編「メイドさんの約束」

一日目(2)

「いらっしゃいませ、フィアスお嬢様」
 扉を開けてお迎えすれば、お嬢様は使用人である私にも最上級の笑顔を向けて下さいます。
「久し振りね、ディーナ」
 その笑顔の眩しいことといったら! ジル坊ちゃまもお嬢様の爪の垢でも煎じて……おっと、失礼いたしました。お嬢様が可愛すぎてつい、使用人にあるまじき発言を。口に出してなければ大丈夫ですよね。
「ジルはお勉強の途中かしら?」
「もうすぐ休憩に入られるそうですよ。ちょうど料理長もタルトを作り終える頃でしょう」
「本当に? ちょうどいい時に来たみたいね」
「ええ。しかも今日は、お嬢様のお好きなベリーのタルトですよ」
「素敵!」
 眩しいかと思えば可憐に、かと思えば子供のように目を輝かせて。なんて可愛らしい方なのでしょうか。表裏も無くて、どこかの誰かとは大違いです。ジル坊ちゃまの所まで連れて行かずに、私が遊び相手になって差し上げたいくらいです。ごくたまにですが、ジル坊ちゃまがまだ勉強をしていることにして(実際、予定の上ではまだ勉強時間なのですが)私がお相手して差し上げたいという誘惑にかられることがあります。ジル坊ちゃまは本を片付けると言っていたし、五分くらいなら大丈夫でしょうか。ここで少し立ち話をするくらいならバチも当たらないと思うのですが、
「いらっしゃい、フィアス」
「あら、ジル」
 違います坊ちゃま! ちょっと魔が差しただけでまだ何もしていません! ちょっと誘惑されていただけです、神に誓って! 今すぐにフィアスお嬢様を案内するつもりでしたとも!
 という言葉が口から出かけたのですが、よく考えてみればまだお嬢様を引き留めた訳でもありませんし、いくらジル坊ちゃまといえど私の心の中まで読めるはずがないのです。
「勉強をしていたのではないの?」
「もう終わりましたよ。ディーナ、彼女は僕が案内するのでお茶の用意を」
「かしこまりました」
 悪いことなど何も考えていません、という顔で礼をして踵を返します。このくらいのポーカーフェイスができなくては、坊ちゃま専任のメイドなどはやっていられないのです。