誕生日の約束番外編「メイドさんの約束」

一日目(1)

 初めまして。私、ディーナと申します。五年ほど前からカオフマン家で働いておりまして、主にジルヴェスター坊ちゃまのお世話をさせていただいております。
 坊ちゃまはそれはもう勤勉な方でして、旦那様がお出かけになってしまって、坊ちゃんにご予定の無い日などの私の仕事といったら、お茶を淹れるか本を運ぶかくらいしかありません。いえ、もちろんその他の細々とした仕事はございますけれど。けれど、まあ、何と言いますか。少々暇に感じてしまうのも事実です。あんまり本を運んで来ようとすれば坊ちゃまは「僕が持ちますよ」などと素敵な笑顔を見せてくださるので働きすぎる訳にもいきません。どちらかといえば私は年上の方が好みなので、あまり心は動かされませんが。理想の男性はアイゲンズィン家の跡継ぎであるヘクト様とか。あまりお会いしたことはありませんが、笑顔が眩しすぎて直視できなかった記憶があります。
 ……申し訳ありません、話が逸れてしまいましたね。つまり何が言いたいのかといえば、こんな暇な日にはつい心待ちにしてしまうことがあるのです。
 温かな昼下がりの、午後のお茶には少し早い時間。控えめに叩かれる扉の音などを。
 仕事はあるのにどことなく手持ちぶさたになってしまう今日のような日は、その音を聞くとつい浮き足立ってしまいます。それは多分、坊ちゃまも同じなのではないでしょうか。本から顔を上げ、見えるはずのない玄関へ一度視線を向けてから、本の山を抱えました。
「ディーナ、出迎えをお願いします。僕はこれを片付けてきますから」
「かしこまりました。お茶は今朝届いたシュペラ産の紅茶でよろしいですか?」
「ええ。お茶菓子は、」
「ケーネのベリーをたっぷり乗せたタルトがございます」
 坊ちゃまが先程まで飲んでいたお茶のカップを片付けながら答えると、なにやら微妙な顔をされてしまいました。
「……いつの間に作ったんですか」
「いつご訪問があってもいいように、タルト生地を作り置きしてあるそうですよ」
「なるほどね……」
 呆れたような声で言いながら、少し嬉しそうです。
「では、お迎えして参ります」
 坊ちゃまが頷くのを確認してから、踵を返して玄関へと向かいます。
 カオフマン家一番の人気者、フィアスお嬢様をお迎えするために。